鬼才の町・バルセロナ(1)

 スペイン南部の大都市バルセロナ。

町の北東部のアシャンプラ地区に、波打つような壁面と屋根を持つ、一風変わった6階建てのビルがある。

19世紀スペインが生んだ建築界の鬼才、アントニ・ガウディによる「カーサ・ミラ」だ。

彼の建築の特徴は、生物や植物など、有機体を連想させる曲線を多く使っていることだ。

中庭を取り囲む壁面、階段、室内の戸口にいたるまで、カーブが使われる。

彼の建築が「自然主義」と呼ばれる理由はそこにある。

煙突や、換気口も奇怪な偶像の形をしており、ビルの屋上は彫刻の森のように楽しい空間になっている。

こんな建物は、東京にもニューヨークにもない。

 カーサ・ミラがある大通りを南に10分歩くと、ガウディの名作の一つ「カーサ・バトリョ」の様々な色をちりばめた屋根と壁が見えてくる。

山脈のイメージで設計されたカーサ・ミラが、白やベージュを基調とした地味な色彩であるのに対して、カーサ・バトリョは海を象徴しており、色の洪水である。

様々な色のタイルを破砕して、壁面にモザイクのように貼り付けるガウディ独特の手法が、ふんだんに使われている。

屋根は魚のうろこ、ベランダの手すりは魚の口を思わせ、童話の中に登場させても不思議ではない。

1階と2階の間の壁を横から見ると、浜辺に打ち寄せる波のようだ。

ビルの中に入ると、階段の天井、暖炉などあらゆる物が曲面で構成されているので、巨大な魚の体内にいるような錯覚に襲われる。

木製のドアには、中に骨が埋め込まれたような彫刻が施されており、ガウディがいかに建築と有機体の融合を実現しようと腐心していたかが、感じられる。

 バルセロナの素晴らしい点は、こうした芸術作品が風景の一部となっており、市民の憩いの場になっていることだ。

その典型が、町の北部の丘の上にあるグエル公園である。ガウディは、企業家グエルとともに、ここに都会の喧騒を逃れたいと思う人々のために、住宅街を建設しようとした。

計画は実現しなかったが、市民がガウディの作品を愛でながら散策できる公園として開放されている。

古代ギリシャの神殿を思わせる巨大なテラスの周縁部には、ガウディがデザインした丸みのあるベンチが取り付けられ、人々が日向ぼっこを楽しむことができる。

このベンチは、彼のトレードマークである彩色タイルで覆われており、芸術と日常生活が渾然一体となった空間を作り出している。

芸術作品が美術館のガラスケースに死蔵されているのではなく、人々が座る場所になにげなく使われて、目を楽しませてくれるのは、素晴らしいことだと思う。

 そして、スペイン人ならではの、色彩感覚の豊かさにうたれる。

グエル公園の入り口にある、極彩色のタイルで全身を覆われたトカゲの形をした噴水に見られるように、彼の作品は、南欧スペインの光の中で見る時に、最も美しい。(続く)

(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de

保険毎日新聞 2007年1月24日